2015年3月6日金曜日

呼吸


お疲れ様。週末です。


仕事はなんであれしんどい。疲れる。帰って風呂に入って、あー疲れたって毎日でてくる独り言。かなり大きい声がでるようになった。

きのうはふたりでラップした。バタラムかと思っていたらアバンギルドでびっくりした。AUXバンド、本当にすごかった。特にサイドギターのおじさんが音楽の魔法使いのようにうまかったし、変態で、とびきり楽しそうで最高だった。

ラップは難しい。音楽になり辛い。適当な言葉は見つかるようになったけれど、マイク一本もって、なにを話すことあるのか。話すこと無いから意味のないうたを歌っていることに光を見出しているから、もっとファンキーになりたい。子供の時から話すのが苦手だったから、頭の中の原稿用紙に下書きしてからじゃないと会話できなかった昔にもいまでは感謝している。今は心と舌がくっつくようになった。やっと!
ラップしていたら自分が思っていないようなことでも言葉が先にでてくる。うーーん、って考えることもあるけれど気持ち良い波に乗っていけたらなんてこれが今のテーマでもある。

忙し過ぎて、時間もお金も追いつかない日々は、めまぐるしいようで、ゆっくりした瞬間はたくさんあるもの。春になればなおさらゆっくりがたくさんあって、みんなに楽しいことだって降り注ぐだろう。

ワインとビールを買って、今夜は久々にひとりの時間。大好きな部屋でチルアウトしていたい。必ずしもいつでも前向きにいないと胸が抉られるように苦しいわけじゃない。

明日は会社の送別会。大袈裟ではなくみんな東京にいっちゃうんだ。だけど、誰が行くのか急には思い出せないくらい現実味がないのかもしれない。ここでの生活もガラッと変わって、新キャラも続々でてきて、ぼくは歳を重ねていることを認識するんだろう。

よくここまで来たもんだ。大怪我したら大怪我してるひとのことも、わかるようになった。見えない傷、みんなたくさん抱えていること知らずに不器用に生きてる友達とか、なんにもしてあげられることなんてないんだな。一緒にいる事さえ、相手にとってよくないこともある。だけどみんな助けてくれるし、涙がてるほど優しいひとたちに囲まれていて、ぼくは助けられたら大丈夫なくらいのエネルギーはあるんだと、勝手ながら思ったりしている。

CDがやっとできる。賢いユリシーズの1stアルバム。腰を下ろしてとどめの一服をって名付けた。
()の、中が、大事だと、思っていたことがある。いまも思っているけれど、言った言葉より、なんらかの理由で今は言葉にできないけれど思っていることが大事だということに気付いた時に、括弧に収まる言葉を知る前に腰を下ろすなといううたができた。気付きの衝撃が大きかったんだ。昔から基本日和ってたまるか精神だったから腰を下ろすななんて体育会系の表現になってしまったんだけれど、いまはとても落ち着いたから、やっと腰を下ろして、とどめの一服ができるっていうところで落ち着いた。安心。
CDは世界中の人に聴いてもらいたい。音楽には音楽の世界があるから、形にできて嬉しい。人の世界と音楽の世界を繋ぐ形になる。


生きるって、マジで手探りだなーーーーなーーんつって
あきらくんが、書いてくれた題字



0 件のコメント:

コメントを投稿